長い自分語りです。似顔絵はだいぶ美化されております。
19歳くらいの時だったと思います。友達と東京の湯島天神様へお参りをした帰り道、境内を出たところに、手相占いの方がいらっしゃいました。友達が手相を見てもらったのですが、占い師の方が、彼女の状況を全て言い当てているのを見て、私はとても驚きました。これが手相との出会いです。
湯島天神から時が過ぎ、22歳になりました。当時働いていた職場には、手相に詳しい方がおり、その方に手相を見てもらっては、皆で盛り上がっていました。そして、私が手相に異常なほどの興味を示すのを見た同僚達が、私の誕生日に手相の本をプレゼントしてくれました(23歳だったかも?)。
それから毎日、同僚達からもらった手相の本を読み漁りました。はじめのうちは自分の手を見て、それから家族の手、友達の手と見ていくうちに、知らない人の手を見てみたくなってきました。20 代前半というと、恋愛や仕事に悩み迷う時期です。友達が、彼女の周りにいる悩める友達を連れてきてくれたおかげで、たくさんの人の手相を見る機会に恵まれました。
その頃、手相以外に熱中していたことは旅でした。バイトをしてお金を貯めては、旅へ出ていました。ヨーロッパ周遊から台湾、韓国、オーストラリア、アメリカ、北海道から沖縄まで、全てひとり旅です。
時には野宿をして、時にはヒッチハイクをして、今思えば無謀なこともしました。自分に娘がいたら絶対に勧めたくないです。若さって怖いですね。
旅の間は、節約のためにユースホステルを利用することが多かったのですが、そこで知り合った旅人の手を見ていました。
ただ、野宿をしたといっても一晩だけです。ヒッチハイクも車を止めておきながら、運転している方の人相を見て、「危ないかな」と感じたら乗らないという安全策は一応立てていました。お陰様で旅の間、怖い目にあったことは一度もありません。
そうこうしているうちに、旅先のホステルで、とにかく明るい日本人女性と同室になりました。その彼女が手相をたいそう気に入ってくれて、「すごく当たるね!私がお客さんを連れてくるから、お金をもらって手相をみようよ!」と持ちかけてくれ、すっかりその気になりました。
そこで、スーパーでもらったダンボールをA4サイズにカットして、「手相占、手相観ます!」という看板を作り、それを持って繁華街へ乗り込みました。明るい彼女が道ゆく人に声をかけて、お客さんをどんどん連れてきてくれました。それまで無料で見ていた手相占いですが、この時に初めて占いでお金をいただきました。
初めて手相占いでお金をいただいた時は、感激して少し震えました。自分が知っている手相の知識や、手相から見えたことを伝えて、さらに「ありがとう!」と感謝までしてもらえる。これは一体どういう状況なのだろう?という戸惑いと同時に、感謝の気持ちでいっぱいでした。
振り返ってみると、今まで出会ったお客様は良い人ばかりで、本当にラッキーだったなと思います。
たまに行う路上手相占いは、とても楽しかったのですが、それだけで生活できるほどではありませんでしたので、バイトは続けていました。バイト先では、当然の様に同僚の占いを続けていました。みんなが喜んでくれるのが、ただ嬉しかったのです。
バイト先はホテルだったのですが、同僚から上司へと手相占いの噂が広まっていき、ホテルの偉い方まで「手相見てもらえる?」と、私のところへ来られる様になりました。
そして、ホテルの偉い方が「すごく当たるね!ホテル内で手相占いをやってみない?」と誘ってくださり、ラウンジの一角で手相占いのブースを持たせてくださいました。
ホテルでの占い業は、とても楽しいものでした。老若男女、多岐に渡る職業の方、お子様から外国の方まで、本当にいろいろなお客様がいらっしゃいました。
今までに拝見したのは、2,500名位の手相でしょうか。その中の誰1人として同じ手相の方はいらっしゃいませんでした。手相って不思議で面白いです。
全ての人に無限の可能性があり、全ての人が一度きりの尊い人生を生きているのだ!と実感した数年間でした。
ところが28歳くらいでしょうか、ふと、人並みの人生を送ってみたいと思いました。人並みの人生ってなんだろう?という感じですが、就職して働いてみたいと思ったのです。好きなことだけをして生きていていいのかな?という思いもありました。昭和産まれなので、「若いうちの苦労は買ってでもしろ!」という様な時代の価値観の中で育ってきました。そんな世の中の刷り込みが、心のどこかにあったのかもしれません。好きなことをして生きることは全く問題ないことだ、と今なら分かりますが、当時は分かりませんでした。
その後、東京にある会社で正社員として働き出しました。旅をしながらフラフラしていた20代でしたが、30歳目前で初めて就職しました。
東京で会社員として楽しく働き、時々、同僚や友達や知人の手相を見ながら、 OLライフを満喫していました。大変そうに見えた会社員ライフですが、意外にも楽しかったのです。その後、結婚出産を経て、目の回るような子育てライフへと突入します。子育てのあまりの過酷さに、「思っていたのと違う!」と戸惑いながら、あっという間に40代に突入しました。
そんな中、夫の仕事関係でスウェーデンへ移住する話が持ち上がります。そして、「スウェーデン?面白そうだから行ってみよう!」という軽いノリで承諾し、スウェーデンへ引っ越してきました。
ただ、手相には「海外で生活する」という線がずっと出ていたので、スウェーデン移住の話があった時には、「手相が当たった!」と思いました。そして、移住後は、スウェーデン語の海で溺れそうになりながらも、なんとか溺れずに生きております。
ノリで引っ越してきた報いを受けているのか、スウェーデン生活に疲れる時もあります。当たり前のことですが、母国である日本とは違います。郵便物が届かない、自宅にずっといたのに不在票を入れられる、スーパーで、大好きなたらこやじゃがりこが買えない、近所のスーパーで買えるお醤油の種類がキッコーマン一択、子供への日本語教育が大変、スウェーデン語のジョークがわからないのに、皆が笑っているからとりあえず自分も笑ってみる等、一つ一つは小さなことですが、積み重なると結構な心労です。
小さな心労が重なった時、久しぶりに、ふと自分の手相を見てみたら、なつかしさが込み上げてきました。ずっと放っておいてごめんね、といった不思議な感情です。
ところで、もしあなたが大海原を航海中に、遭難したとします。進行方向が全くわからなくなった時には、羅針盤が欲しくないですか?それと同じ感じで、人生で迷子になった時には、手相が羅針盤となり、進む方向を教えてくれます。
自分の進むべき方向がわからない、そんな時に「こっちだよー」とか「そのままでいいよー」とか、「そっちに行ったらダメだよー」と教えてくれる、相棒の様な存在が手相なのだ、ということを思い出しました。
そんな感じで、久しぶりに自分の手相を見てみたら元気になり、勢いで周囲の人の手相を見たら、とても喜んでもらえました。嬉しかったです。やっぱり手相って楽しいし、自分の立ち位置を知れて役に立つのだ。そうそうこの感じ、手相は楽しい。
この様な経緯で、手相占いにあらためて惚れ込んで、その勢いでこのホームページを自作し、現在に至ります。スウェーデンのどこかで頑張っていらっしゃるあなたのお役に立てたら良いな、という想いです。
自分の手相ってどうなのかな?面白そうだな〜という、ちょっとした好奇心を満たすために活用していただくのもおすすめです。
猪突猛進型なので、ある日突然やめてしまうかもしれませんがあしからず。
ご興味をお持ちいただけましたら、お早めにお申し込みください。お待ちしております。